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映画ちいかわで「今日の日はさようなら」が残したもの

この記事には、映画『ちいかわ 人魚の島のひみつ』のネタバレがあります。

映画『ちいかわ 人魚の島のひみつ』で、繰り返し登場する「今日の日はさようなら」。

1966年に金子詔一さんが作詞・作曲し、翌1967年に森山良子さんの歌唱で広く知られるようになりました。

いつまでも 絶えることなく
友達でいよう

「今日の日はさようなら」の歌詞より引用

映画では、この曲が印象的な場面で3回使われています。
同じ曲が流れているはずなのに、物語が進むにつれて、そこから受ける印象は少しずつ重くなっていきます。

1回目は、ちいかわとハチワレの友情を映す歌。
2回目は、ヒトハとフタバが背負った、終わらない命を思わせる歌。
3回目は、物語がエンディングに向かう場面で歌われる歌。

この記事で分かること
・「今日の日はさようなら」が流れる3つの場面
・キャンプファイヤーの歌が重い理由
・永遠に一緒にいることは幸福か

1回目は、島へ向かう船の上

最初に「今日の日はさようなら」が登場するのは、ちいかわ、ハチワレ、うさぎが、夜の海岸で火を囲んでいる場面です。

しかし、この時点のちいかわたちは、島で起きている出来事を知りません。

そこでハチワレが歌う「今日の日はさようなら」は、素直な友情の歌として聞こえます。

今日も友達と一緒に過ごしている。
明日も、その先も仲良くしていたい。

ちいかわとハチワレの関係に重ねても、不自然さは全くありません。

2回目はキャンプファイヤーで

2回目に曲が登場するのは、キャンプファイヤーの場面です。

炎を囲み、仲間たちが同じ歌を歌う。
映像だけを見れば、楽しい一日の終わりを分かち合う、穏やかな時間です。

物語を簡単にまとめると、
ヒトハは、フタバを救うために人魚の肉を食べさせます。

その結果、フタバは助かりました。
しかし同時に、普通には死なない身体となります。

自分だけが生き続け、周囲の者たちが先にいなくなっていく。
その未来を恐れたフタバは、ヒトハにも人魚の肉を食べるよう求めました。

二人は同じ命を持つことになります。

「いつまでも絶えることなく」という願いが、
二人にだけは文字どおり実現してしまったのです!

本来なら幸せなはずの約束が、逃れることのできない条件にも見えてきました。

そのため、2回目の歌は、
友情を祝うものというよりも、二人が選んだ永遠の重さを突きつけるものとして響くのです。

悲劇の出発点には、それぞれ大切な相手を守りたいという思いがありました。

ヒトハはフタバを助けたかった。
フタバは一人だけ残されることを恐れた。
セイレーンは奪われた人魚のために復讐しようとした。

この食い違いが、2回目の曲を重くしています。

3回目は帰りの船

3回目に曲が登場するのは、物語の終盤。
ちいかわたちが島を離れ、船で帰っていく場面です。

セイレーンとの戦いは、いったん終わりました。

島での時間を思い出しながら、いつもの生活へ帰っていく。
いつかまた、この島を訪れることができるかもしれない。

ハチワレは、そんな気持ちで歌っているように見えます。

一方、ちいかわは、ヒトハとフタバがしたことに気づいていました。

二人に確かめようとしますが、震えながら手をつなぐ姿を見て、口に出すことをやめます。

ちいかわは真実を告げませんでした。

この帰り道では、登場人物ごとに見えている結末が違います。

同じ船に乗り、同じ歌を聞いていても、それぞれが見ている物語は一致していません。

永遠に一緒にいられることは、幸福とは限らない

ヒトハとフタバは、同じ人魚の肉を食べ、同じ永遠を生きる存在となりました。

一人だけが不老不死になるのであれば、残された者は途方もない孤独を抱えることになります。

そう考えれば、二人が同じ命を選んだことには、理解できる部分もあります。

大切な相手を一人にしない。
どちらかだけを残さない。
これから先も、二人で生きていく。

言葉だけを見れば、それは強い友情や愛情の証しにも見えます。

ところが、ヒトハとフタバの間には、同じ永遠を生きる相手がほかにいません。

二人は互いにとって唯一の理解者であると同時に、過去の罪を共有する唯一の共犯者でもあります。

相手を失えば、自分だけが永遠に残される。
だから、二人は一緒にいることを選び続けるしかない。

現時点では、二人が互いを大切に思っていることまで否定する必要はありません。

ただ、その関係には、普通の友情にはない重圧が加わっています。

この物語が描いているのは、永遠の友情の美しさだけではないのでしょう。

まとめ:同じ歌が、異なる状況を映し出す

映画で「今日の日はさようなら」が使われた理由は、単に友情を表す曲だからではないと思います。

友情。
永遠。
別れ。

曲に含まれる要素が、セイレーン編のさまざまな場面と重なっています。

  • 1回目は、島の事情を知らずに聞く、友達との旅の歌
  • 2回目は、不老不死となった二人の永遠と結びつく歌
  • 3回目は、物語の終わりと、それぞれの視点によって感じ方が変わる歌

「今日の日はさようなら」は、
友情の尊さを歌うと同時に、尊さを映す曲として、この映画で描かれていると解釈しました。

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