人魚を食べると、永遠の命が手に入る。
セイレーン編の重要な要素の一つです。
なんで人魚なんだろう。
気になって調べてみたら、日本には昔から、よく似た言い伝えがありました。
皆さんにも伝わるように、まとめてみました。
日本の「八百比丘尼」伝説
その言い伝えが、八百比丘尼(やおびくに)です。
比丘尼とは、お寺の尼さんのこと。
福井県の小浜市に伝わる話がよく知られています。
中身はとてもシンプルです。
- ある女性が、人魚の肉とは知らずに食べてしまう
- その日から年を取らなくなる
- 家族や友人に先立たれながら、800年生きたと伝わる
800年生きたから、八百比丘尼。
細かい部分は地域によって違います。
それでも、人魚の肉を食べると寿命に変化がある、という点は共通しています。
過去から語り継がれる伝説
人魚の肉は、日本の不老長寿伝説の中でも、よく用いられるモチーフであることが分かりました。
セイレーン編の「永遠のいのち」は、これと完全に同じ仕組みではありません。
ただ、人魚の肉が人間の寿命を超える力を与える点はよく似ています。
島の誰かが人魚を食べたところから、すべてが始まっています。
似ているね、という話として読んでもらえたら嬉しいです。
「単三電池」への置き換え
昔話で人魚の肉を食べた人は、年を取らなくなりました。
セイレーン編では、
人魚を食べた人物は、単三電池で動く体になっていました。
島に着いた日、船酔いしたちいかわのために、ハチワレが「炭酸とかありませんか」と頼む場面がありました。
その言葉を聞いたヒトハとフタバは、不自然なほど動揺します。
後から読み返すと、「炭酸」から「単三」を連想したことを示す伏線でした。
八百比丘尼と重なる寂しさ
八百比丘尼の代表的な物語で描かれるのは、食べてしまった本人のその後です。
まわりの人が先に亡くなっていく、その寂しさが中心にあります。
ちなみに、八百比丘尼は、長すぎる寿命に絶望し、自ら洞穴にこもって入定(断食して亡くなる)したと伝えられています。
セイレーン編にも、この寂しさは重なります。
自分だけが不老不死になってしまった。
その恐怖から、フタバはヒトハにも人魚の肉を食べさせました。罪を分け合い、2人で秘密を抱える関係がここで生まれます。
その後、人魚を食べた2人は、誰にも打ち明けられない秘密を抱えたまま、島での日々を過ごすことになりました。
違ったのは、そこに新しく加わったものです。
仲間を奪われたセイレーンの怒りが、並行して描かれています。
まとめ
人魚を食べると永遠のいのち、という設定は、日本に昔から存在していたことが分かりました。
似た伝説を知ってから読み返すと、あの島の重さがまた違って感じられます。
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